« お客様との話。。。 | トップページ | 介護住宅・・・02 »

介護住宅・・・01

始まり・・・

私の父は11年前の師走の朝に脳梗塞で倒れました。当時22歳の私はどうする事の出来ず母と共に父の乗る救急車に乗り込み病院へと。。。父はどうなるのか・・・そんな不安でいっぱいの時救急治療室に入る父の顔はなぜか苦笑していました。

しまったなぁ・・・

父の顔はそんな言葉を言っているようでした。そして救急治療室から出てきた父は今まで見た事のない父の姿に変わっていたのです。(何本もの点滴をぶら下げ横たわる父)

父は倒れて2日間ほどは時折意識が戻るとベットから出ようとしました。無意識かもしれませんが仕事をする為に家に戻ろうとするのです。あの時父は一人では抱えきれないほどの仕事量を持っていました。正月は新居で・・・そんな物件ばかりです。12月に入り手付かずの物件が3~4件あったでしょうか田舎という事もあり1件あたり20本から30本の建具があります。多いときは50本もあります。父は倒れるまでの一ヶ月間朝8時から仕事を始め深夜28時まで仕事をしていました。時々私も手伝いますが所詮手元の手伝いですから大した助けにもなりません。そして私が小さい頃から見つづけてきた父の職人顔はこのときを境に見る事はありませんでした。

3日目からは意識不明が2週間以上続きました。当時の父を知る看護士さんはいつ何が起こるかわからない状態だったと言います。自分が夜勤の時は正直怖かったそうです。先生からはこの冬の重病患者トップ3に入るとさえいわれました。そんな父が意識を戻し始めたのはクリスマスの頃でした。目を開け涙を流す父・・・助かるかも・・・そんな希望が見え始めた時でした。

父が受けていた仕事は全て他の建具屋さんが受けてくれました。『こんなに出来るわけがないだろう』と母は言われたそうです。(仕事を断われない・・・辛い現実です)そして私達家族は病院で正月をむかえました。そして一月の終わり頃からリハビリが始まりました。当時病院は今の完全看護とは違い介護者が必ず付き添っていました。昼間は母が父に付き添い,夜は兄と私が交代で付き添いました。付き添いの仕事は想像以上に大変でした。食事の世話や点滴の確認(?)そして下の世話・・・赤ちゃんと一緒です。油断すると・・・パジャマからシーツまで全て取替えになります。ひどい時など夜中に3度も・・・変えがなくなり夜中に洗濯なんてこともありました。

春になる頃にはリハビリの成果もあり父も少しずつ回復してきました。少しづつ尿瓶を使えるようになりもトイレまで行けるようになってきました。当然尻拭いも介護の一つです。そんな父はゴールデンウィークには一時帰宅が出来るようになりそして9月には退院をする事ができました。しかし私達はゆっくり出来ません。今度は自宅介護が待っていたのです。

ようやく本題に・・・

父は右半身不随になり歩くのもやっとでした。トイレ・お風呂全て介護が必要。。。狭いトイレやお風呂で介護するのは大変でした。介護する人の居場所がないのです。それこそ尻拭いも出来ません。介護が出来る家・・・それを考えるようになりました。兄と私で少しづつ手摺をつけたりしました。余談ですが父には知能障害・言語障害も加わっています。しかしこの障害が逆に幸運でした。知能障害で前向きな性格(?)になった父は家に帰ったという現実に喜び力が沸いてきたようでなんと一人でトイレに行くけるようになったのです。環境も一つのリハビリにつながると感じました。

次回は家造りの始まり・・・

私が住んでいる家は父が退院してから建てました。工事中のことは以前に書きましたが間取り計画の事は書いてないので私が考えた間取りの事を次回書くことにします。よかったら読んでくださいね。 

|

« お客様との話。。。 | トップページ | 介護住宅・・・02 »

住まい・インテリア」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 介護住宅・・・01:

« お客様との話。。。 | トップページ | 介護住宅・・・02 »